日々の生活の中で、「豚の角煮」のポジションってどう思う?関係ないって思う?「悟り」は、アナタにとってはどんな意味があるんだろう。

薄暗い祝日の午後は窓から

教え子は沈む夕日のようにうつむく
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ゆったりと口笛を吹く兄さんと紅葉の山

家の近くのショッピングセンターで買い物をしていた。
冷食のコーナーで、アスパラを選んでいた。
すると、ハングルで書いてある箱を発見した。
良く見ると、韓国のおもち、トッポギだった。
この夏、明洞へ向かった時に、幾度となく韓国まで旅している友達にリスペクトされたのがトッポギだ。
日本で冷食になって、あのトッポギが売られているなんて、心外だった。

ひんやりした仏滅の昼はビールを
友達のチカコは頭がキレる。
頭が良いんだろうなーと思う。
何があっても他者を裁いたりはしない。
違うんじゃない?と感じても、ちょっとでもその人の気持ちも尊重する。
そうしているうちに、考えが広がるし、強くなれるのだ。
考えを押しとおすよりも、この方が知佳子にとって気分がいいのかもしれない。
自分が傷つかなくてすむやり方、悲しい思いをしても次回の糧にするやり方をとても理解している。

そよ風の吹く仏滅の午前は料理を

ずっと昔、見たことのある映画が、ビフォアーサンライズといって、日本語のタイトルは「恋人までのディスタンス」というものだ。
父に、「名作だよ」と一押しだったDVDだ。
旅の帰りの列車の中で初めて会ったアメリカ人のジェシーと、フランス出身のセリーヌで、少しだけオーストリアのウィーンを旅するストーリーだ。
この話の構成の面白いのは、特にこれといったパニックシーンだったり起承転結の点の部分など、見えない部分。
会ってすぐのこの2人が、恋愛、それに、世間などについてじっくりディスカッションする。
その時中学校2年生の私は、分からないことが多く、幼く、ただジーッと観賞した作品だった。
といいつつ、この前、たまたまレンタルビデオ店で発見することができ、懐かしいなと思い借りてみたところ、超感動した。
中でも、レコード店でケイス・ブルームのカムヒアを聞きながら視線を投げあうシーン。
2人の帰国がやってきて、つまり、お別れの時、そこでラストを迎える。
その時期はわからなかったこの作品、間隔をあけて楽しむと、ちょっと違う見方になると思う。
見終わった後、2人がレコードショップで聞いていたALBUMを、アマゾンで探して聞きたい。

息絶え絶えで吠える兄さんと冷たい肉まん
離れた家元に住んでいる私の母も孫用として、めっちゃたくさん手作りのものを縫って届けてくれている。
アンパンマンがたいそう好みだと言ったら、その布で、作成してくれたが、裁縫するための布の購入価格がとっても高くてあきれていた。
生地は縦、横、キャラクターものだと上、下も方向があるので手間だそうだ。
とはいえ、たっぷり、作成してくれて、届けてくれた。
小さな孫はすごくかわいいのだろう。

前のめりで自転車をこぐ家族と季節はずれの雪

たばこは健康に害がある。
と、指摘されても購入してしまうものらしい。
以前、業務の関係で会った製薬会社の重役のおじさん。
「身体が丈夫なのは煙とアルコールのおかげです!」なんて明るく言っていた。
これくらい言われると、無理な禁煙は無しでもいいのかもしれないと感じる。

悲しそうに話す先生と突風
どれでもいいので一個の趣味を、長期で続けている人に尊敬する。
サッカーでも、手芸でも、どれだけ小さい習慣でも。
毎年一回、あのメンバーと、いつもの温泉旅館に滞在する!でも良いと考える。
コツコツ一つを行うと最終的には実用レベルまで達することがあるだろう。
思い返せば、小学校のころにピアノと日本舞踊とを学習していたが、もっと頑張ればよかったな。
そんな風に感じるのは、家のの角にお父さんに買ってもらったピアノが眠っているから。
今の自分は全然分からないピアノだが、いずれもう一度学びたいとという意思がある。

騒がしく歌う彼と気の抜けたコーラ

だいたい、業務やするべきことに追われて、そこまで空いた時間がない。
少しばかり空き時間があっても、だいたい次の仕事の予定など、今後の期限が頭にある。
それでも、丸一日など休みができると、かなり喜んでしまう。
さて、この少しだけ休日をどうやって費やそうかと。
最終的には毎回、あれしたい、これもしたいという願望のみが重なり、すべては達成できない。
中でも私は行動が遅いので、考えているうちに時間は経過。
時は金なり、という言葉は正に的確だと思う。

喜んで自転車をこぐ兄弟と気の抜けたコーラ
江國香織の文庫本に出る女性陣は、なんとなくクレイジーだ。
例えれば、東京タワーの詩史。
他にも、きらきらひかるの笑子。
あとは、ウエハースの椅子の女性画家など。
江國さんの持ち合わせている性質を、大げさにして表現した形なのだろうか。
心からクレイジーなのが、「神様のボート」で登場する葉子。
もしかしたら迎えに来るかもしれない「あのひと」を待ち、逗子や草加に引っ越しをする。
あのひとを忘れないで、必ず会えると思い込んで。
挙句の果てにママは現実を生きていないと愛娘の草子に言われてしまうが、葉子には全然ピンとこない。
ここが、この小説の最もクレイジーなところだ。
私はウエハースの椅子には絶対に座りたくないけれど、神様のボートには乗ってもいい。
江國香織さんの書く、クレイジーでも可愛くて少々病んだ女性たちが大好きだ。

雹が降った週末の午後に友人と

その日は、小笠原諸島まで働きに向かった。
当然めっちゃあつい!
Uネックの上着の上から、スーツのジャケット。
汗まみれになりすぎて、上のジャケットはメチャクチャに。
宿にに着いて、洗濯機もなかったのでBODY SHOPの洗顔で洗濯した。
乾いたらジャケットはホワイトムスクの香りがした。
上着が痛むのではないかと気になったけれど、それでも洗った方が賢明だと思っていた。

無我夢中で泳ぐあいつと冷めた夕飯
ショップ店員さんって絶対勤まらないと考えるのは自分だけだろうか。
毎日、抜かりなくお洒落をしないと店のイメージが悪くなる。
私なんて、外で仕事する時はスーツを着るといいし、メイクも簡単で良いとされている。
お出かけの時は、自分で満足する格好で良いし、家で働くときはスウェットでも大丈夫。
だから、きっと、ファッションにかかわる商売には、向いていない。
服を選んでいると、店員さんが話しかけてきて服の説明や合わせ方を教えてくれる。
何度買い物に来てもそれに緊張してしまい、その場から逃げ出してしまう。
こういった部分も、店員さんって務まらなさそうと思う大きな理由の一つだ。

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